音楽スタジオファイル Vol.66
SOUND STUDIO NOAH 都立大店
- サウンドスタジオノア都立大店について
-
東横線都立大学駅から徒歩1分。環七通り近くの目黒通り沿い、駐車場完備で車でのアクセスも便利なリハーサルスタジオ。サブルームのある26帖のCstをはじめ、バラエティに富んだ9つのスタジオとブース、厳選された機材をベストコンディションで揃えた環境はノアクオリティ。2019年10月にオープンしたロックアウト専用の大型スタジオ「CSst」は、別館のプライベート空間にゲネリハにも最適な35帖のスタジオとボーカルブース、キッチンや更衣室も備えた居住性が魅力。
- サウンドスタジオノア都立大店お問い合わせ
- サウンドスタジオノア都立大店公式サイト
目黒区中根1-2-2(受付1F)
TEL:03-3725-0010
受付時間:24時間
音楽スタジオの中の人に話を聞いてみた〜 スタジオノア都立大店 編
このコーナーは音楽スタジオでミュージシャンをサポートしてくれる「中の人」に突撃インタビューして、色々お話を聞いてしまおうというコーナーです。中の人の皆様、ご協力ありがとうございました。
完全プライベート空間の大型スタジオ"CSst"オープン
本日はサウンドスタジオノア都立大店長の久保田恭介さんにお話をお伺いします。本企画はじめての都立大エリアの店舗です。まずは、街の紹介をしていただけますか。
東横線で渋谷まで約10分と好アクセスでありながら、急行がとまらないので、駅前もにぎやかになりすぎず、暮らしやすそうな街という印象です。僕自身、都立大店に来て3年目になりますが、一般的なイメージどおりの高級住宅街ですね。
音楽スタジオが集まる渋谷、新宿、それに下北沢あたりとは駅前の様子もまったく違いますね。
そうですね。飲食店もチェーン店はありますが、いわゆる居酒屋のようなお店が少なく、イタリアンのレストランやちょっと高めのお酒を出すようなお店が多いですね。横浜方面へのアクセスもいいし、便利なところだと思います。
スタジオの利用者層はどうですか?
近所や沿線にお住いの方をメインに、近くに大学があるので大学生の方にも多くご利用いただいています。それと、ノアの他店舗と比較しますとお車でのご利用が多いです。大きな部屋のスタジオもありますし、目黒通り沿いで駐車場を十分用意してありますので、機材搬入がある方にもおすすめです。
本日お話をお伺いしている都立大スタジオ別館に新設された「CSスタジオ」についておしえて下さい。
先週オープンしたゲネプロにも利用可能なリハーサルスタジオです。24時間ロックアウトが基本で、他のお客さまと接することがない完全なプライベート空間を提供します。35帖のメインスタジオと20帖のサブルームにボーカルブースを完備しています。この1部屋のレンタルで、2つ音が出せる部屋を用意した、というのも初の試みです。
まるでパーティールームのような空間ですね。こんな部屋でリハなんてバンドマンの憧れです。やはり、基本的にはプロ向け?
いいえ、そんなことはありません。この広さと環境での利用料金としては低料金に抑えられていると思いますので、アマチュアの方やグループでもぜひご利用いただきたいです。ロックアウトの利用がないときは時間貸しでも提供しています(平日9日前、土日は1ヶ月前から予約可能 CSst料金表)。
バンドマン、ミュージシャンへの接客サービスが一番大切
それでは、リハーサルスタジオでのお仕事についてお伺いします。ノア都立大店には何名のスタッフがいらっしゃるのですか?
今は常時4名のスタッフを配置しています。ノアは24時間運営なので1日合計7名のシフトを、合計10名のスタッフでまわしています。
久保田さんは店長として日々現場を見られていると思いますが、リハスタの仕事で気をつけていることをおしえて下さい。
接客業として、とにかくご利用頂いているバンドマン、ミュージシャンへの接客サービスが一番大切なのですが、最近の若い子の傾向で、人と対面したり、電話で話したりが苦手な子が多いんですよ。なんでもSNSで済ましてしまう世代なので、自己紹介してもらっても、名前しか言えないようなことも(苦笑)。
なるほど、最近は連絡もLINEで済ませて、電話はしませんからね・・・。
はい、なのでそこは鍛えるしかない! たまに飲みに連れ出してトレーニングしています(笑)。
そうやって現場で教えてもらえるのは、じつは若い人にとってはありがたいことですよね。
自分が入ったばかりのバイト時代との比較になっちゃいますが、たとえば新しい機材が入ったときに、スタッフとして知らないことがあるとまずいですよね。だから、自分で調べたり、音を出したりして使えるようなことは、当たり前のようにやっていたのですが。
最近の子はそうではない?
そうですね、テキストを作って「今月までに覚えてね」っていうふうに課題にしておけば、しっかりこなしてくれます。
「オレの背中についてこい!」みたいのは?
いまは全く通用しないです(笑)。まあ、本人たちにやる気がないわけではないんですよ。でも、もう過去のやりかたでは通用しません。当時と環境も変わっていますし、そこは時代にあわせる必要があります。ちょっと学校の延長のような感じがありますけど。
かつて音楽業界というとかなりハードな環境が相場でしたが、良くなってきているようですね。
それは劇的に良くなっていると思います。とくに、自分のアルバイト時代は激しかった(笑)。休みも多いですし、音楽に関わる仕事でありながら、かなり勤務待遇のよい状況だと思いますよ。
中学の学園祭でみた、女子生徒のドラム演奏に憧れた
つづいて、音楽との出会いから久保田さんがノアに入られるまでの話を、時代をさかのぼってお聞きしたいと思います。
音楽に目覚めたのは、中学の学園祭で女子生徒がドラムを演奏しているのを見たときです。自分は陸上部だったし、そういう生演奏を聴いたのも初めてで「うぁ、かっこいいなあ」と。それで、地元横浜の高校に入ってから軽音楽部に入部しました。
ステージで演奏する姿がまぶしく映ったわけですね。高校の軽音楽部ではどんな音楽を?
僕がずっと好きだったTHE BLUE HEARTSや、当時人気のあったHi-STANDARDなんかのメロコアバンドのコピーをやっていました。視聴覚室にドラムセットをおいた部室で練習していました。
軽音楽部というと、ちょっと軽いノリの響きですが。
ですよね(笑)。それが、わりとしっかり活動する部活で、30人くらい部員がいて、週3回は練習して、定期的に校内で演奏イベントをやっていました。男子女子一緒に、スタジオ付きの宿でオールナイト合宿したりしていました。ちょっとグレーだったかも(笑)。
なんか青春ですね!高校卒業後は?
大学に進学して、高校時代のバンド活動は終了しましたが、ドラムは続けていました。その後、2年で大学を中退しまして、バンド活動を本格的に再開しました。受験勉強をしないで済むということで、推薦で大学に入ったのですが、そのときはあまり先のことは考えていなかったかもしれません。
バンド活動を再開するきっかけは何だったのですか?
大学の最寄り駅で、高校時代の知人にばったり出会って。「何やってるの?」「大学の帰りだよ」「バンドやろうよ」といわれて、「ああ、いいよ」って(笑)。彼はギターをやっていたので、じゃあすぐベースを探そうって、バンド活動がはじまりました。
「バンドやろうぜ」「お、おう」みたいな急展開、高校時代の音楽仲間?
いや、それがお互い楽器をやっているな、程度の意識で、高校時代は何回かしか話したことありませんでした。それをきっかけに、また音楽にどっぷり浸かる生活がはじまって、彼とは結局19から25くらいまで、一緒に活動しました。
大学に通いながらバンド活動する選択肢もあったのでは?
大学に費やす時間がキツくなってきたのと、大学系列の音響関連の専門学校に編入できるということなので、大学は退学して専門学校に移って、音楽をメインにするために、いったん区切りをつけようと思いました。
将来的な不安はありませんでしたか?
まったく(不安が)なかったということはありませんが、バンド活動が本格的になっていて、未来や希望のほうが大きくてあまり迷いませんでした。
フリーターをしながらのバンド活動、現実は甘くなかった
音楽に魅せられてしまったのですね!どのようなバンドだったのですか?
基本はドラムの僕とギターを中心とした3ピースのギターロックですね。途中、女性ボーカルを入れたり、ベースはメンバーが変わったりしました。町田にあったスタジオ24、町田The Play Houseや渋谷エッグマンなどのライブハウスで活動していました。複数のバンドでオールナイトイベントを定期開催して、そこには数百人というお客さんが入ったのでテンションあがりました。
それはすごい。
専門卒業後も、じつは音響関連会社の内定をもらっていたのですが、それも断ち切ってフリーターをしながら、バンド活動をつづけて、デモ音源をオーディションに送ったりもしましたが、現実は甘くありませんでした。
そのバンド活動も終りが来る?
はい…。さすがに大学も中退、専門行ったのに就職もせずという状況で、父から家を追い出されていて、現実問題として、自分のなかで25くらいまでに結果が出なかったら、やめようとは何となく考えていました。
早かれ遅かれバンドマンが一度は必ず通る道ですね。
それで、相方のギターに自分からもう辞めるという話をしました。そういう場所って、大体ファミレスなんですよ(笑)。バンド活動もメンバーチェンジを繰り返して、うまくいっていなかったので「じゃあ解散だね」と。
わかります、あの重い空気感。長く続けていたバンドが終わる日、なかなか切ない。
そうですね。でも、19のときに駅で偶然会ってから25、6までバンド活動を共に出来たので、相性は良かったのだと思います。いまも連絡しあっていますし。それから、バンドはもうやらないと決めて、後戻りできないように楽器も売ってしまいました。
バンドをやめるのに未練はなかったですか?
不思議とありませんでしたね。そんなことより、バンドをやめたら、ただの「25歳フリーター」になっていて(笑)。どうにかしなければ、ということで、音楽求人サイトでCDショップやマネージャー、リハーサルスタジオなど音楽関連の求人に応募しました。
そのなかにサウンドスタジオノアがあったと?
はい、活動拠点が神奈川だったので、それまでスタジオノアは知らなかったのですが、バンド仲間から、都内では一番有名できれいなスタジオだよと、教えてもらって。まずはアルバイトに入って、そこから当時の店長の推薦もあって社員となり、野方店や高田馬場店の店長を経て、現在にいたります。
音楽の主役は若者、若いアイデアを注ぎこんでいきたい
最近はライブを中心に音楽業界も復活の兆しがあるという話も聞きます。現場からみて最近のバンド状況はどうでしょうか?
はい、一時期バンドの数がものすごく減ったなぁという時代がありましたが、それに比べますと徐々にですが増えてきていると思います。ただ、ダンスや競合となるエンタメも増えているので、業界が回復してきていると言うには、まだまだこれからだと思います。
久保田さんも10代からバンドをはじめて現場で見てきました。時代とともに感じる変化はありますか?
好意的な表現としてとらえてもらいたいですが、昔のバンドマンって「ワル」でしたよね。それに対して、今のバンドマンは「オタク」が多いです。一人自宅でギターを弾いたり、DTMをやったりしている子が、スタジオにきました、という場面が増えました。それと、女性が多くなったのは目立ちますね。スタジオ利用者もいまは半分が女性です。
最近のJチャートの傾向にも近いものを感じますね。これからもっと活性化させていくためにはどうすればいいでしょうか。
僕としては、音楽は若い人にリードしていってほしいですね。つねに若いアイデアを注ぎこんでもらいたいです。リハスタの現場としても、自分ももう35歳、このまま現場で、というのもちょっと違うかなと。やっぱり、音楽の主役は若者のほうがいいですよ。
音楽業界全体も高齢化しています。昔バンドをやっていた人が年配になってまたバンドをはじめるということも多いのでは?
もちろん、リハーサルスタジオとしてあらゆる年齢帯の方が大歓迎ですよ。でも、自分もそうあったように、みんな若い時代があったじゃないですか。やっぱり主役となるべきは若い世代、リハーサルスタジオの主役も若者であるという姿勢はもっていたいと思います。
歴史をひもとけば、こと音楽に関しては、時代を切り開いてきたのは若者ですからね。
はい、スタジオノアとしても、若い人にスタジオに足を運んでもらう取り組み、たとえば音楽セミナーやレコーディングセミナーをやって、音楽人口を増やしていければと思います。あ、ネットやSNSも積極的に使って若い世代にアピールしていきますよ。
若い人は電話や対面が苦手でも、SNSは大好物ですからね。本日はありがとうございました。
インタビュー特集一覧(バックナンバー)